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日歯大の歩み

概要

本学は、明治39年に制定された歯科医師法に基づいて、明治40年(1907)に、中原市五郎が、私立共立歯科医学校として創立しました。その後、歯科医学専門学校、旧制日本歯科大学と発展し、新潟の地に、第2の歯学部を増設しました。
歯科技工士と歯科衛生士を養成する附属歯科専門学校、さらには新潟短期大学歯科衛生士科、東京短期大学歯科技工学科・歯科衛生学科を設立するなど、全国私立、と国公立歯科大学の中の代表的歯科大学として、また教育・研究・診療ともに高度に充実したわが国最大の総合歯科医育機関として、すでに多くの歯科医師を社会に送り出しています。

1909年当時の本校

1909年当時の本校

本館と100周年記念館

本館と100周年記念館

年表

1907年6月中原 市五郎、私立共立歯科医学校を麹町区(千代田区)大手町に創立
1907年10月同校を神田区(千代田区)神田雉子町に移転
1909年6月麹町区富士見町に移転、私立日本歯科医学校と改称
1909年8月私立日本歯科医学専門学校に昇格
1911年2月中原 市五郎、校長に就任
1919年12月財団法人日本歯科医学専門学校を設立、中原 市五郎、理事長に就任
1936年9月中原 市五郎、名誉校長となり、加藤 清治、校長に就任
1941年3月中原 實、理事長に就任
1947年6月日本歯科大学(旧制)に昇格、大学予科を開設
1948年1月中原 實、学長に就任
1951年2月学校法人日本歯科大学となる
1952年4月日本歯科大学(新制)となる
1960年4月大学院歯学研究科(博士課程)を設置
1968年4月附属日本歯科技工専門学校(歯科技工士科)を併設
1971年4月附属日本歯科技工専門学校を附属歯科専門学校と改称、歯科衛生士科を増設
1972年4月新潟市に新潟歯学部を増設
1981年4月中原 爽、学長に就任
1981年6月新潟歯学部に附属医科病院を開院
1983年4月附属新潟専門学校(歯科衛生士科)を併設
1984年8月中原 爽、理事長に就任
1985年5月本学主導の「口腔保健のための国際姉妹校連合 IUSOH」を結成
1987年4月附属新潟専門学校を新潟短期大学に昇格
1987年10月JR飯田橋西口駅前に歯学部附属病院を移転・開院
1989年9月新潟歯学部に医の博物館を開館
1990年4月大学院新潟歯学研究科(博士課程)を設置
1991年4月中原 泉、学長に就任
1995年6月佐藤 亨、学長に就任
2000年4月中原 泉、学長に就任
2000年7月中原 泉、理事長に就任
2005年4月附属歯科専門学校を東京短期大学に昇格
2006年1月大手町に創立100周年記念「日本歯科大学発祥の地」碑を建立
2006年4月歯学部を生命歯学部、新潟歯学部を新潟生命歯学部に改称
2012年10月東京都小金井市に日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニックを開院
2018年4月新潟県三条市に在宅ケア新潟クリニックを開院
2020年4月藤井 一維、学長に就任

創立者 中原市五郎

創立者 中原市五郎

中原市五郎著 「児童と歯牙の関係

  • 慶応3年5月15日生。
  • 明治22年5月歯科医術開業免状を受け、翌年中原歯科医院を開業。一方麹町区会議員となり、子どもたちの口腔衛生の向上に努める。
  • 明治40年6月私立共立歯科医学校を設立。
  • 明治44年2月、日本歯科医学専門学校校長に就任。
  • 大正4年9月メリーランド大学より学位ドクトル・オブ・サイエンスを授く。
  • 大正9年12月日本歯科医学専門学校理事長に就任。
  • 昭和11年8月名誉校長となる。
  • 若い頃からの熱心な勉学、旺盛な研究心で、中原式咬合器など歯科医学に関する多くの発明もある。書、俳句、短歌を好む。

昭和16年3月22日逝去、75歳。

名誉学長 中原實

名誉学長 中原實

画集 中原實

画集 中原實

猫の子

  • 大正4年日本歯科医学専門学校卒業。
  • 大正7年ハーバード大学歯学科卒業。同年渡欧。
  • パリで義勇隊に志願し、フランス赤十字社病院の医員となり、ヴァル・ド・グラス陸軍病院、ビッシーの第45戦時病院に勤務。歯科医学研究のため、ヨーロッパ各地に滞在。
  • 大正12年帰国し本学教授となる。
  • 昭和16年本学理事 長に就任。
  • 毎年卒業生に送る学長告辞は大きな感銘を呼ぶ。
  • 昭和37年日本歯科医師会会長となる。
  • 昭和47年日本私立大学協会会長となる。
  • 自ら絵筆を取り、二科会理事の任にも就く。
  • 芸術、教育、医療人として一生を送る。

平成2年10月15日逝去、99歳。